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2014年6月28日土曜日

知らなきゃ怖い医療の真実「医学部の大罪」

インターネットで記事配信をしたり、情報サイトを作ったり、ファッション関連のイベントをやったり、手伝ったりと、そういった活動をしていますが、普段は医療業界で働く医療関係者です。

そんなわけで、こんな本も読んだりします。

医学部の大罪 (ディスカヴァー携書)
  • 作者:和田 秀樹
  • 出版社:ディスカヴァー・トゥエンティワン
  • 発売日: 2013-11-15


こちら「医学部の大罪」。帯には「日本の医学と医療の進歩の最大の抵抗勢力、それが、医学部。」「日本中の大学病院を敵に回しても、いま、曝さなければならない、その覚悟でペンを執りました。」とあり、医療関係者でなくとも知っておきたい医療の裏側が思いっきり暴露されていますので、読書メモをシェアしておこうと思います。

まず臓器別診療と総合診療の問題。

”たとえば、「鼻水が出ました、喉も痛いです、熱も出ました、頭も痛いです」というときに、「鼻水がでるのは鼻炎で、喉が痛いのは喉頭炎で、頭痛があるのは偏頭痛だ」とし、「あなたはいっぺんに三つの病気にかかりましたよ」と言ったら、とんでもない藪医者と言われるでしょう。その三つが同時に起こる原因を探すのが医者の仕事です。”

この場合はこれを風邪と診断し、風邪のウイルスによる感冒症候群から来ているのですよ、と説明するべきです。

”ところが、このようにいっぺんにかかるのは一つの病気だけ、というのは若年層の場合なのです。悲しい事に歳を取ればとるほど、いっぺんに三つも四つも病気を持つことになります。骨粗鬆症に高血圧に糖尿病に…(中略)そうなったときに、それぞれの専門医が一人ずつ薬を出していたらどうなるか、五つの科にかかると、だいたい十五種類の薬をもらうことになります。これは現在、高齢者が大学病院に行った場合に、平均的にうけとることになる薬の数です。”

筆者はこの問題を、ここまでくると症状を軽減させるメリットより害の方が大きくなる可能性があると言及されています。

私も含め、現代社会で薬に対する信頼度は非常に高いものがあります。
調子悪くて病院に行く目的は、原因を知るより何より、症状を軽減させてくれる薬を貰うために行くという人が相当数おられるのではないでしょうか。

こうした現状から、現在の日本は高齢者を中心に薬漬けになっているそうなのです。

これはそれぞれの病気を専門医が診断しているからで、「総合診療医」というのは「十五種類も薬を飲ませたら身体がぼろぼろになっちゃうから五つに選んであげますよ」というのが出来る医者のことだそうです。
例えば飲み合わせであったりとか、症状の深刻さであったり、病気の優先順位であったり。

残念ながら現在はこのような総合診療医を育てる環境にない、というのがまず一つの問題だそうです。

そしてその結果、都道府県別平均寿命ランキングで男女とも日本一の長野県は老年医療の専門医がもっとも少ない県で、かわりに総合診療医がもっとも多い県という皮肉な結果を生んでいるそうです。

総合診療医が充分に育っていない結果、医療費の四割が薬剤費と言われるほど無駄な薬剤費を使い、高齢者を薬漬けにしている現状があるわけですが、この薬漬けを問題視するようなことを指摘する人がいないのが現状だそうです。

「だって、十五種類を三種類にしたほうが長生きできるよ、などということが明らかになったら、製薬会社は潰れるし、医局の教授たちも、それぞれ専門医としての立場が軽んじられることになり、また、製薬会社に銀座に連れて行ってもらったり、お金がもらえくなったりするから」
と強烈な暴露がされています。

近年では接待禁止になっているが、まだその影響が残っていたり、また製薬会社からのお金がなくなると研究ができなくなるという強迫観念を持っている人がいっぱいいると指摘されています。

また、ガン治療に関しても医療業界が表沙汰にしない現状が暴露されており、外科医のメンツや存在意義のために、切らなくてもいいガンも切ってしまう事が書かれてあります。

1988年に論文「乳がんは切らずに治る」を文藝春秋で発表した遠藤誠先生は、それまで完全なエリートコースを歩んでいたのに、以後、外科医達の反発をくらい昇格を完全に閉ざされたのだそうです。

「アメリカでは乳がんは腫瘍だけ取ったあと、放射線を当てる方法が主流で、リンパ節転移などがなければ、全部取ったのと予後はほとんど変わらないというデータが出ている」という遠藤誠先生の主張は、外科の医者たちからの猛反発を喰らい、乳房温存療法にガン手術の主座がうつったのは15年後の2003年とされているそうです。

著者は、もしアメリカでガンの特効薬が開発されたら、日本のガンの外科医達はどうするか?という問題に、反論覚悟と前提した上で
「きっとものすごく抵抗するでしょうね。”あんなのは危険だ”とか、”すごい副作用が出ますよ”と騒いで、日本での認可をおもいっきり遅らせて、そしてやっぱり切り続けるんじゃないでしょうか。」
と予想されています。

いやー、専門性が高く社会的地位のある世界の話だけに非常に根深いものを感じますね。

ここまでで、まだ半分ぐらいですので、また後編として読書メモをしたためようと思います。

ガン治療の問題に関しては、元広島カープ津田恒実投手の闘病を書いた奥様の手記「最後のストライク」も同時に読みたいですね。

当時は、医者に不信感を募らせて、民間療法などに活路を見出そうとされる姿などに随分批判が集まりました。

私もその論調にすっかり染められ、専門家でもない人がやり過ぎなのでは…と思ったりもしましたが、実際に本気で闘病を支えられた人にしかわかり得ない、そうせざるを得なかった理由があったのだろうと、今は思います。

その論調の出所がどこだったのか、も気になるところですね。

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